概要

科目分類社会課題の認知/Recognition of Social Issues
科目名プロフェッショナルと価値創造A/C/Professionals and Value Creation A/C
ゲストスピーカー拓海広志氏(海洋ライター&シンガーソングライター、環境活動支援ネットワーク「アルバトロス・クラブ」代表)
開催日時2023年6月26日(月)18:15-20:15
開催方法大岡山キャンパス南4号館S421

本記事では、2023年6月26日に開催されたToTAL科目「プロフェッショナルと価値創造 A/C」第3回の講義について報告します。

ゲストスピーカー 拓海 広志氏

海洋ライター&シンガーソングライター
環境活動支援ネットワーク「アルバトロス・クラブ」代表

拓海 広志氏

(参考)
1.拓海広志「新訂ビジュアルでわかる船と海運のはなし(増補二訂版)」
https://amzn.to/3OKSdWw
2.The Hyper Bad Boys「重陽の海Live@TheGlee2018」
https://music.apple.com/jp/album/%E9%87%8D%E9%99%BD%E3%81%AE%E6%B5%B7-live-at-theglee-2018/1477325519

本講義は、ToTAL3期生の小埜功貴さんの企画、プロデュースのもと、拓海広志さんをゲストスピーカーに迎え、「人はなぜ海を渡るのか?&サプライチェーン・ロジスティクスの現在と未来」というテーマで講演していただき、参加者とともに議論を深めました。

拓海広志さん(筆名)は、「海洋ライター&シンガーソングライター。アルバトロス・クラブ代表」、そして本名の恵谷洋さんとしては「ヤマト運輸株式会社 専務執行役員 営業・グローバル戦略統括」という二つ、いや、それ以上の非常に多くの顔を持つ方で、講義の内容も多岐にわたる、刺激的なものでした。

講義の様子


1.人はなぜ海を渡るのか?
一つ目の話題は、ミクロネシアのヤップ島における伝統航海術の再建プロジェクトとその経験で得られたことについて。
拓海さんは、かつて古代の航海術を学ぶため、近代と古代の航海術をつなぐものを求めてヤップ島へ赴いた。しかし、ヤップ島の現状というのは、戦後からのアメリカの支援のもと、消費生活が豊かになる一方、自国の産業や文化が失われつつある状態であった。海へ行くものもほとんどいなくなり、ヤップ島の伝統であった命がけの石貨航海をする者もいなくなってすでに100年がたっていた。
そんな中、立ち上がったのがカヌーを使った伝統航海術の再建プロジェクト。かつてヤップ島で行われていた石貨交易航海の再現によるアイデンティティ再生プロジェクトであった。
約100個ある村々の首長たちのコンセンサスをとらなければならないため、多くの時間をかけて信頼関係を築いた経験、船長の選出やパラオとの交渉など現地、リモート含め、様々なネットワークの中で、プロジェクトが進んでいった経験などを共有いただいた。
特に印象に残っているのは、自分の居場所を、計器を使って海図に落とし込む近代航海のその前、航海計器も何もなかった時代の航海。航海する者は、言い伝えの中で共有され、身に着けた海のイメージマップを操り、自分の身体を用いて自然を読んでいたというもの。共有されたイメージを用い、研ぎ澄まされた身体知で自然を読む、自然と調和する姿勢は何も、科学技術が発展していない古代において重要であったのみならず、現代にも十分活かせる姿勢であると感じる。会社などの組織の現在地を知ること、それを組織全体で共有し、進路を決めていく。古代に人間と自然が関わってきたような、有機的なネットワークを活かして会社などの組織の調和を図る。今回講義を受け、これらの自然と繋がることで得られる能力、思考法を学べたと同時に、自分自身も体験に基づいた哲学を持っていきたいと思った。

2.サプライチェーン・ロジスティックスの現在と未来
二つ目の話題は、サプライチェーン・ロジスティクスについて。聞いたことはあるものの、ちゃんと説明まではできない言葉について物流のプロである拓海さんの二つ目の顔、恵谷洋さんに解説していただきました。ロジスティクスとは、ビジネスという文脈においては、サプライチェーン全体における物流と在庫を最適化し、商流の効果を高めるためのマネジメントとオペレーションのこと。かつては、個々の物流のプロセス(モノの輸配送、梱包、荷役、流通加工、情報管理)の効率化を目指し、部門別の管理をしていたが、グローバル化やネット化によりサプライチェーンの複雑化、多様化が生じた。そんな時にでてきた考えがロジスティクスだそう。企業全体を貫く供給システムを市場と合致させるためのマネジメント概念であり、経営全体における物流の効果性を追求している。
新たな社会と産業の変化により、ロジスティクス企業の進化が見られる一方、日本におけるロジスティクス意識のなさも顕在化してきている。また、物流を共有・共同・協創化することの社会的意義は明白なのに、そこに踏み込めない企業も少なくない。
ここでの学びは、全体像を見る姿勢である。大幅な改善を目指すためにあるセクションやあるセクション間だけをみるといった狭い視野でなく、大きく全体としての効果性を図ることは様々な場面で役に立つ考えだろう。また、単純にコストなどの最適化だけでなく、リスク(自然、政治、経済、社会、犯罪)を考慮するといった多面的に広くみる重要性を学んだ。

3.本講義のまとめ・感想
本講義では二つの顔、拓海広志さんの船乗り&アーティストとしての顔と、恵谷洋さんのロジスティクス戦略家としての顔で講義をしていただいた。前半では「人はなぜ海をわたるのか」という問いに対し、ヤップ島の伝統航海術の再建プロジェクトの例を通して、人間が固有的に持つ思想に迫った。後半ではサプライチェーン・ロジスティクスの歴史的背景からその必要性、現在の課題などのお話があった。ここではサプライチェーンのセクション間のみを見るのではなく、全体が見えているサプライチェーン・ロジスティクスに携わる人間が重要であるとお話しされている姿が印象深い。

お話全体を通して、二点ほど拓海さんに対して考察する。一つは、時間の長さに着目して解釈を行っている点。二つ目は、体験・知識の多さである。

■時間の長さに着目した解釈:
上記の2つのお話:ヤップ島の伝統航海術の再建プロジェクトに沿った「人はなぜ海をわたるのか」という問いのお話、サプライチェーンにおけるロジスティクス思考の重要性、どちらのお話においても時間の長さに着目した解釈が鍵であった。
前者では、短い時間スケールである文化(人と自然の関係のあり方、またそこから派生する人間同士の関係性)から伝統に移り変わるには、一定以上の長い時間スケールが必要であるという点。後者では、今後のサプライチェーン・ロジスティクスの課題点として短期的リスク(コロナ禍)、中期的リスク(政治・経済・サプライチェーンのブロック化)、長期的リスク(環境・気候変動)を考慮するべきであるというお話があった。
一般に時間の長さが違えば、プロセスを通じて得られる価値も違う。当然のことのようであるが、人のアイデンティティの意義やサプライチェーンの効果性を分析するにあたって、この自由度は切り離せない複雑性を生むのだと感嘆した。

■体験・知識の多さ:
伝統と場所はつながりがあるのか、と質問した際に唱歌「故郷」の例を挙げられたことが印象に残っている。これは「故郷」が3拍子であるのは、近代ヨーロッパ音楽の影響であり、日本古来の伝統といえないのではないか、というお話であった。ロジスティクス・マネジメント、航海術の観点以外にも顔があり、それぞれの体験・知識が今に繋がってきていることが露呈した瞬間であるように思った。
今回のレクチャーに繋がったきっかけもどうやら、レクチャー関係なくToTALの学生の研究活動に興味を持ちSNSでコンタクトをとったそのつながりのようである。新たな体験に対する行動力・好奇心が拓海さんの多様な解釈能力・知識に繋がってきている原動力のように感じた。
私たちToTALの学生は、リーダーシップを育成するということ共通目的がある。当科目の担当教員である山田先生は、「人とのコミュニケーション」とリーダーシップ能力との深い関わりを今回のレクチャーの前に示唆していた。今回のレクチャーでは、特に拓海さんの多様な体験・そこから得られる学びを伺い、そのバラバラな体験の共通点から拓海さんの考え方を推察した。多くの方のアイデンティティへの解釈やサプライチェーン・ロジスティクスにおける多面的な視点での効率の考慮など、どこに本質があるか常に考えられている拓海さんのお話は、私たちにとって「人とのコミュニケーション」においても非常に参考になった。