-企業内起業という選択肢:富士通・上村氏から学ぶ「研究を事業にする」マインド-

はじめに

本記事は、来年度に本科目の履修を検討している学生の皆さんに向けて、講義の雰囲気や得られる学びのイメージをお伝えするために作成しました。今回は、富士通株式会社の上村泰紀さんをゲストスピーカーにお招きした第3回講義「企業内での起業について」のレポートをお届けします。

該当するアントレプレナーシップ科目

ENT.V501/503 修士プロフェッショナルと価値創造A/C
ENT.V603/605 博士プロフェッショナルと価値創造A/C
TAL.S502/507 プロフェッショナルと価値創造 A/C

ゲストスピーカー上村 泰紀 氏
富士通株式会社 クロスインダストリーソリューション事業本部 Digital Shifts事業部
開催日時2026年6月24日(月) 18:00–20:00
開催場所S4-201, 南4号館2階, 大岡山キャンパス

上村泰紀さんのお話の内容

講義では、上村様のこれまでの異色の経歴や、そこから得られた教訓、そして実際に富士通内で新規事業を立ち上げたプロセスについてお話しいただきました。

上村氏は学生時代、クラブスタッフ、ホスト、パラパラダンサーといった多様な経験をされています。例えばホストクラブでは、少数の顧客に依存する色恋営業ではなく、月に1000人以上に声をかけ、月に2、3回来店してくれる小口の顧客を多く獲得するという、自分にできることを客観的に考え抜いた戦略をとっていたそうです。こうした経験や、塾講師・家庭教師の経験を通じて、「お客様は誰か」「誰を満足させるべきか」を常に問うようになったと言います。また、自分の主張を通す際には、「その主張を聞いた人がどう感じるかを考えないとただの自己満足にしかならない」という重要な教訓を得たそうです。

その後、富士通研究所での基礎研究時代において、上村氏は「自分の研究は具体的にいつ、誰の役に立ってどういう利益をもたらすのか?」という疑問を抱くようになりました。そこから、デジタルアニーラの事業化に踏み出します。その過程では、まず、同期の営業に技術を紹介した上で、研究所の上役や顧客を巻き込んでディスカッションを重ねたそうです。このように事例や前例を作ることで、初めて経営層に事業化へ向けた実証(POL/PoC)の機会をもらえたとのことでした。ここで重要なのは、TOYOTAのような大規模な売上を持つ企業を相手にする場合、たとえ2%の改善であっても量的に非常に大きな効果を生み出せるという視点です。また、人を説得する際には、「技術的にできるかできないかの正確な情報よりも、チャレンジしたらどんなことが起こるか」というビジョンを見せることが大事になります。ビジョンを示すことで、困難な課題にぶつかった時も共に立ち向かう動機が生まれるからです。さらに、事業として成立させるには、1回限りの取り組みではなく、使い続けて継続的に収益化する仕組みが必要であると説明されました。

企業内での事業立ち上げには、仲間を集めやすいことや、会社の知見や信頼を活用できること、失敗を恐れずにチャレンジできるといった多くのメリットがあります。一方で、情報の拡散スピードが速く自分たちで制御しきれない点や、社内政治・社内ルールの影響を強く受けるといったデメリットも存在します。それでも、ビジネス感覚に優れた人々を説得する機会が増えるなど、総合的に見ればメリットが多いと語られました。実際に富士通にはFujitsu Innovation Circuitという、アントレプレナーシップ人材の育成と新規事業創出を目指すプログラムがあります。これはF1サーキットをモデルとしており、挑戦の障壁を取り払う「場」、挑戦者を支える「ピットクルー」、そして見守る「観客」という体制で社内起業家を強力にバックアップしているとのことです。 講義の最後には、上村氏が学生時代にホストを辞めようとした際のエピソードが紹介されました。当時のマネージャーから「心から叶えたい夢がないから壁にぶつかったときに逃げ出すのだ」と厳しい指摘を受けたそうです。この経験を踏まえ、「夢をもとう、夢を語ろう、夢を描き続けよう、そして夢をかたちにしてみよう」という熱いメッセージで講義は締めくくられました。

コメント

 「研究を仕事にする」と聞くと、どうしてもラボにこもって一つの専門性をひたすら深めていくイメージが先行してしまいがちです。しかし、上村様のお話にあった「誰を満足させるべきか」「継続的に収益化する仕組みの構築」という視点は非常にビジネス的であり、良い意味でこれまでの研究者像が大きく覆されるのではないでしょうか。

特に印象的だったのは、ホストクラブで月に1000人に声をかけたという泥臭い行動力や、自分にできる戦略を考える姿勢です。一見すると最先端テクノロジーの事業化とは無関係に思える経験が、「相手の目線に立つ」「経営層や顧客の心を掴む」という形で大いに活きていることに驚かされました。また、技術的な正確さだけでなくビジョンを語ることで周囲を巻き込んでいくプロセスからは、事業をつくるのは結局のところ「人」と「熱意」なのだと気付かされました。企業内起業(イントラプレナー)という働き方は、ゼロから起業するよりも豊富なリソース(資金、信頼、人材)を活用でき、大企業というフィールドの新しい魅力的な使い方だと強く感じました。 この授業の最大の魅力は、上村様のような第一線で活躍されている社会人の方から、インターネットの記事や教科書では絶対に読めないリアルな経験談や裏話を直接聞けることです。成功談だけでなく、壁にぶつかった時の葛藤や、それをどう乗り越えたかという生々しいストーリーに触れることができます。将来起業を目指す人や研究職を目指す人はもちろんのこと、「自分は将来どのように社会に価値を提供し、働いていきたいのか」がまだ明確でない人にこそ、強くおすすめしたい授業です。多角的な視点からキャリアを考えるきっかけになり、間違いなく自分の中の選択肢が広がります。ぜひ受講してみてください。

報告者

環境・社会理工学院社会・人間科学系社会・人間科学コースD3 倉本敬司