2026年6月24日、「プロフェッショナルと価値創造 A」第3回を、ゲストスピーカーとして上村泰紀氏(富士通株式会社)をお招きし、開催しました。

該当するアントレプレナーシップ科目ENT.V501/503 修士プロフェッショナルと価値創造A/C
ENT.V603/605 博士プロフェッショナルと価値創造A/C
TAL.S502/507 プロフェッショナルと価値創造 A/C
ゲストスピーカー富士通株式会社 クロスインダストリーソリューション事業本部 Digital Shifts事業部 上村泰紀氏
開催日時2026年6月24日(月)18:00-20:00
開催場所大岡山キャンパス 南4号館 S4-201

概要

今回のプロフェッショナルと価値創造Aでは、富士通株式会社 クロスインダストリーソリューション事業本部 Digital Shifts事業部の上村泰紀氏をお招きし、デジタルアニーラの立ち上げを題材に、企業内で新しい技術を事業として形にしていく過程についてお話しいただいた。

上村泰紀氏に学ぶ、企業内起業という選択肢

● 上村氏がデジタルアニーラに取り組み始めた当時、社内ではディープラーニングへの期待が高まっていた。しかし、Googleのように大量のデータを保有する企業と同じ領域で競争しても、富士通が優位に立つことは難しいのではないかと考えたという。経営層が推進する方針をそのまま受け入れるのではなく、自ら市場や競争環境を検討し、富士通が持つ技術を生かせる別の可能性を探ったことが、デジタルアニーラの立ち上げにつながった。

● 技術の可能性を見いだした後、上村氏は、まず同期の営業担当者に技術を紹介し、どのような顧客に提案できるかを議論した。完成した製品を一方的に売り込むのではなく、デジタルアニーラを対話のきっかけとして、「この技術を使って何を一緒に実現できるか」を顧客と考えたという。

● そこで重視されたのは、技術そのものよりも、技術によって実現したいビジョンを共有することだった。目指す未来を顧客と共有できていれば、実証実験が思いどおりに進まなかった場合でも、それを単なる失敗として終わらせず、次の試みに向けて共に進むことができる。

● デジタルアニーラに関わるメンバーは、当初の約6人から約30人へと増えていった。一方で、新しい技術が社内で自然に理解され、広がっていったわけではない。上村氏は社内向けの講演会を繰り返し開催し、技術を理解して顧客に説明できる営業担当者を地道に増やしていった。また、経営層を味方につけることで意思決定を速めるなど、研究開発にとどまらず、社内の組織や人を動かす「エヴァンジェリスト」としての役割も担ったという。

● しかし、技術が注目され、事業規模が拡大しても、富士通全体から見れば、その売上はごく一部にすぎなかった。会社の重要な武器になると説明してきた一方で、期待された規模の収益には届かず、事業が打ち切られそうになったことも何度もあった。そのため、技術開発を続けるだけではなく、継続的に利益を生み出すためのビジネスモデルを見直し、セールスチームを整える必要があった。

● この過程から、企業内での起業とは、優れた技術を開発することだけではなく、その価値を社内外へ伝え、顧客や仲間を巻き込み、事業として継続できる仕組みを構築することだと分かる。企業が持つ人材や資金、技術を活用できる一方で、組織の方針や収益性とも向き合わなければならない。上村氏の経験は、既存の企業に所属しながらも、自ら新しい価値を生み出し、社会に届ける「企業内起業」という選択肢を具体的に示すものであった。

講演を通して自分が考えたこと、印象に残ったこと

● 講演の中で特に印象に残ったのは、目標に期限を設けなければ、失敗を失敗として認識できないという考え方である。期限がなければ、結果が出ていない状態を「まだ途中だから」と説明し続けることができる。反対に、期限と目標を明確にすることで、初めて結果を振り返り、何が足りなかったのかを考えられる。失敗を避けるのではなく、失敗を認識できる状態を自らつくることが、次の挑戦につながるのだと思った。

● 上村氏は、目標を周囲に積極的に話すことで、簡単には後戻りできない状況をつくってきたという。実証実験の段階から大きな資金が動き、失敗できないと感じる現在でも、緊張感のある瞬間は続いているそうだ。

● 企業内での挑戦には、資金、人材、技術、信用といった会社のリソースを活用できる利点がある。しかし、守られすぎることで、本業に戻ればよいという逃げ道が生まれ、挑戦への切迫感が失われる危険もある。失敗しても何も失わず、いつでも元の場所へ戻れる取り組みを、果たして本当の挑戦と呼べるのか。この問いは、学生として研究やプロジェクトに取り組む自分にも当てはまると感じた。

● また、「新しい研究を行うなら、研究者が自分の専門領域以外に踏み出すことは当たり前である」という言葉も強く印象に残った。研究者が自身の専門だけを見ていればよい時代ではない。技術が誰に必要とされ、どのように社会で使われ、誰を巻き込めば実現できるのかまで考える必要がある。


本科目の履修を検討する皆さんへ

● 本科目では、事業の成果だけでなく、実現に至るまでの試行錯誤や、社内での調整、仲間の集め方などについて、実務家の経験を直接聞くことができる。
● 今回の講演は、起業に関心のある学生だけでなく、企業での研究開発や、研究成果の社会実装に関心のある学生にとっても参考になる内容であった。
● 本科目は、さまざまな分野の実務家の話を通して、自分の研究や将来について考える機会になると思う。

報告者

環境・社会理工学院、融合理工学系、地球環境共創コース、M1、加藤虹郎